【レポート】 チェルシーアカデミー2016 vol.1 『考えてみよう!障がいってなんだろう。』 by 吉見聖伸先生(首都医校)

activity2016.06.29

【レポート】

2016年6月12日(日)、首都医校の吉見聖伸先生をチェルシーハウスにお招きし、今年度第一弾のチェルシーアカデミーを開催しました。

チェルシーハウスでは、「チェルシーアカデミー」と題して、大学の先生方をお迎えし、学生たちが深く考えるような学びの時間を提供しています。

今回は、そのレポートをお送りします。

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チェルシーハウスのリビングで開催。左上の白シャツの方が吉見先生

 

登壇者:吉見聖伸(よしみ まさのぶ)先生
看護師・精神保健福祉士・心理士
学校法人 首都医校 看護学科Ⅱ学科長 精神看護学担当。教鞭をとる傍ら執筆活動も行っており、恋愛小説を出版するなど幅広い方面で活躍中。

 

チェルシーアカデミーはじまりの様子

 

今回のテーマは「考えてみよう!障がいってなんだろう。」

9名の参加学生と吉見先生が円卓形式になり、終始アットホームな雰囲気で、障害の基礎知識から、障害者とのコミュニケーションの取り方についてお話しがありました。

吉見先生と接して感じた印象は「表情やふるまいから優しさがにじみ出ているような人」、「自分をさらけだし、自己開示がうまい人」でした。そのおかげで、緊張していた学生もすぐにその糸がすっとほどけていったようです。

終盤の振り返りや寮生アンケートからは

”障害の種類について知れてよかった”
”弱い立場に一緒に立つことの大切さがわかった”

”コミュニケーションのコツが言語化され整理されてよかった”
”障害者の方がもっと身近に感じれるようになった”

などが並び、大きな気づきがたくさんあったようです。また、今後学びたいことについて、

”自閉症など精神障害をもった子どもについて知りたい(先生の専門は精神障害)”
”コミュニケーションスキルについてもっと知りたい”

という声があがりました。

終わったあとも先生を個別に捕まえて話し込む学生がいたり、先生がバス停に着くまで一緒に歩きながら話してもいいですか?!という学生も。

大変名残惜しかったのですが、先生も「2時間では話しきれなかったので、また続きを話せる機会があれば是非!」と仰っていただきましたので、その機会を是非作りたいと思います。

吉見先生!お忙しいなかご登壇いただき、そして学生に新たな気づきと笑いを届けてくださって、本当にありがとうございました。

 

 

熱心に吉見先生の話を聞く学生たち

熱心に吉見先生の話を聞く学生たち

 

尚、レポート詳細は、吉見先生の視点や考えが詰まった含蓄ある語録の紹介と、吉見先生を招いていただいたチェルシーハウス寮生の近藤美里さんのレポートに代えてお送りします。

【吉見先生語録】
「障害の種類について知ることが大事。ただ、カテゴリーに分けると偏見が生まれる。だから一回カテゴリーを知ったうえで、接するときはカテゴリーを外すんですね、難しいですけど笑」

「障害者も、障害者と接する方も、カジュアルさが大事、ユニクロを通り越してGUレベルのカジュアルさが笑」

「障害を持っている方の中には①障害者として扱ってほしい人、②健常者として扱ってほしい人の2パターンがある。そこをまずコミュニケーション取りながら見極めることが大事なんです」

「健常者も障害者もみんな人間です」

「すべての障害に共通した応対の基本は傾聴、普段接している健常者とのコミュニケーションとなんら変わりないんです」

 

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学生同士で講義を振り返る様子、楽しそうです。

 

【近藤さん(寮生)寄稿レポート】↓↓↓
今回お招きしたゲストは、私が看護学校でお世話になった精神看護学担当の教官である吉見先生。看護学部でも講義内容や独特の話し方が面白いと大好評でいつも学生の興味を引いていた。そんな先生の講義は、今回のチェルシーアカデミーでも発揮された。

最初に話してくださったのは、チェルシーハウスに来るまでのちょっとしたトラブルについて。

最寄り駅に着いたもののバス停がどこにあるのかわからず、近くにいた人に尋ねると先ほど同じことを聞かれた傘を持った女の人について行くといいと言われた。バス停を見つけるために知らない女性の後を付いていく変態かつ不審者のような行為をしてようやくバス停までにたどり着いた。

さらに、目的のバスに乗るも聞かされていた停留所が一つ目だと知らず奥の席に座っていたため、申し訳なく思いながら人ごみをかき分けるようにして降り立った。という話だった。

私はいつも講義の前に聞いていた先生のちょっとしたお話を聞くのが毎回とても楽しみにしていたので、久しぶりに聞くことができつい笑ってしまった。

他の参加学生は今回のテーマである障害のことや初めて先生とお会いしたこともあり緊張感が見られていたが、私と同じく笑い先生のユーモア溢れる話を聞いて緊張がすっかりなくなっていた。

緊張が解けたところで、参加学生の自己紹介、参加動機などを発表し今回のテーマ・障害ついての話が始まった。先生は参加学生が話す参加動機にから参加学生がより興味が湧くキーワードを抽出して障害の定義や社会から見た障害のお話し、法律について少し触れていった。その後、視覚障害、聴覚障害などの障害の大まかな分類について説明がありいよいよ本題であるコミュニケーションについて話が進んでいく。

コミュニケーションの話題になると、参加学生の目がキラリと輝く。このアカデミーが開催されるにあたって事前アンケートを作成し参加学生に回答してもらっていたが、聞きたい事・知りたいことに障害者とのコミュニケーションについてがダントツ多かった。そのため参加学生の興味がさらに湧いた瞬間だった。

吉見先生の話が進んでいく中、先生のある一言がみんなの視線を釘付けにした。それは―障害者は障害のある者として助けを必要としているのか、それとも健常者(私たちのような障害を持っていない者)として助けを必要としているのか。障害者=助けを求めていると定義してしまうと、知らず知らずに相手の自尊心を傷つけているかもしれない。という言葉だ。

また、先生は障害のある方とうまくコミュニケーションをとりたいのならば、まず自分自身を弱く見せること。人間は自分を強く見せようとして指揮官のような関わり方をしてしまう。そうなると助けを求めようと思っていても中々話しづらくなりコミュニケーションに障害が生じてしまうというお話もしてくださった。

その後、コミュニケーションに必要な7つの法則(①頷き②繰り返し③言い換え④まとめ⑤感情応答⑥表情・身振り手振り⑦ペーシング)を参加学生がそれぞれペアを組みコミュニケーションの実践を行い今回のアカデミーが終了した。

今回のチェルシーアカデミーで改めて障害をもった方とのコミュニケーションについて考えると、私たちが普段関わっている友人や家族、恋人といった人間関係に必要なコミュニケーションであって特別な関わり方はほとんどないのではと考えられた。

障害をもった、もたないという線引きをするのではなく人としてどう関わっていくかという考えをすることが障害をもった方と共存するために必要なことであると学ぶことができた。(以上、近藤さんレポート)