VUCAの時代が到来している
新入生や新社会人にとっては、春から始まる新生活の準備に追われる時期だ。彼らがこれから生きていく社会は、「VUCA(ブーカ)」と称される。「VUCA」とは、「Volatility(激動)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不透明性)」という4つの英単語の頭文字を取った言葉だ。(注1)
社会が変わるスピードがますます速くなり、物事の相関性はより複雑性を増している。これからどんな時代になっていくかという将来予測の不透明性や不確実性も高まり続けるだろう。子供たちがこれからどんな働き方、生き方を選ぶべきかについて、親世代の価値観や物事の捉え方がこれまでのようには通じない時代が到来している。
学生寮という場がどのような成長の場として機能し得るのか
このような時代背景の中で、学生寮は単なる「快適に居住する場所」という枠を越えて、これからの時代をつくっていく学生たちにどんな教育的価値を提供できるだろうか。本インタビューシリーズでは、教育学生寮チェルシーハウス国分寺(以下、チェルシーハウス)を取り上げて、「学生寮という場がどのような成長の場として機能し得るのか」について、親の視点から探ってみたい。
今回お話を伺ったのは、チェルシーハウスで大学4年間を過ごした鶴元くん(武蔵野美術大学造形学部建築学科 2019年卒)の父である鶴元清一郎さんだ。彼はチェルシーハウスの創設2年目から今年の冬に卒寮するまで、大学生活の全ての期間をチェルシーハウスで過ごし、このコミュニティについて最も良く知る寮生のひとりと言えるだろう。北九州にある実家にも度々寮生たちを連れて帰省するなど、今回のインタビュイーである鶴元さんと寮生との交流も深い。
ちなみに鶴元くんをはじめとする4人の卒寮生たちは、この冬に東京の根津に「ねづくりや」というシェアハウス兼アトリエを立ち上げた。今後クリエイターやアーティストの展示やイベントの企画など、地域に根付いたプロジェクトを走らせていくそうだ。
チェルシーハウスが僕を呼んでいる
鶴元くんがチェルシーハウスと出会ったのは、雑誌「ソトコト」の特集を通じてのことだったそうだ。鶴元さんはその時のことをこう振り返る。
「初めは(合格決定後に)武蔵野美術大学から送られてきた資料の中に、武蔵美大生におすすめの学生寮の資料が入っていたので、息子と一緒にいくつか見に行ったんですね。ただ(息子が)美大の建築学科ということもあり、見学に行った物件がどれも彼の感性に全く合わなかったんです(笑)
彼にとっては、大学で学ぶことももちろん大事なことですが、ライフスタイルや、住むところといった暮らしの要素のウェイトが(彼の中で)すごく大きくて、見に行った学生寮がどれも気に入らなかったんですね。
そんな中で知ったチェルシーハウスを『ここだ』と。『チェルシーハウスが僕を呼んでいる』という感じで決めましたね。」
相部屋だからこそ、リビングや共有スペースに出ていく機会が生まれる
チェルシーハウスの空間デザインは、共有スペースが広く取られており、リビング・ダイニングの周辺で必ず誰かと顔を合わせるような動線が貼られていることが特徴だ。チェルシーハウスに集う人たちの変化に応じて柔軟に空間の使い方を変えられる人間中心設計の考え方が根付く。
さらにチェルシーハウスが誕生した背景や、その由来についても関心をもったという。チェルシーハウスの名称は、かつてニューヨークに存在した「チェルシーホテル」に由来している。一流アーティストが数多く滞在し、互いに交流しながら創作活動をおこなっていた場所にちなんで、若者たちが互いに刺激し合いながら成長できる場を作りたいという想いから創設されたという背景がある。
実際にチェルシーハウスでの生活を送るうえで、親として心配になったことや気になったことなどはあったのだろうか。
「僕もウェブサイトなどを見ていたら、二人一部屋で相部屋生活になるというので、個室でなくてもよいのかということは息子に聞きましたね。すると『相部屋だからこそ、リビングや共有スペースに出ていく機会が生まれるから良いんだ』という答えが返ってきました。」
関係性を終わりにするより、その状況の中でどう付き合っていけるか考える
高校生の間も寮生活を送っていたので、大学ではプライベートが確保できる一人暮らしを選ぶのではないかと思っていた鶴元さんの予想に反して共同生活を選んだ後、どんな日々を過ごしていたのだろうか。
「実際に生活を送る中で、人との微妙な距離感や接し方など、共同生活ならではの難しい部分も当然あったようです。しかし誰かとの関係性がうまくいかないからといって、そこで関係性を終わりにするよりも、どうしたらその状況の中でも人と付き合っていけるだろうかということを考えるように教えてきました。」
4年間を過ごす中で周りの寮生を巻き込みながら立ち上げたプロジェクトのひとつが、「DIYの会」だ。寮内の本棚や備品を制作したり、ウォールペインティングで壁を改装したり。様々なモノが自分たちの暮らしを自らデザインするという姿勢の中で生み出されていった。
チェルシーハウスに根付くカルチャーを表す言葉のひとつとして、「求めよ、さらば与えられん」が挙げられるのではないだろうか。自分たちで暮らす場を自らつくっていくという気概を強くもったコミュニティのカルチャーと、鶴元くんのスタイルがうまく一致したのかもしれない。
人に囲まれて暮らす中で生じた変化は、親の目にはどのように映っているのだろうか。問いを投げかけてみると、こんな答えが返ってきた。
「共同生活において一番大事なことは、他人を尊重するということだと思います。大学時代に勉強をすることは当然として、それ以外のフィールドで学生時代にやれることを徹底的にやった結果、広く人と繋がることができたのではないでしょうか。」
鶴元くんがもっている自然と応援される人との付き合い方の姿勢というのは長い共同生活の中で培われたものかもしれない。
北九州の地元の大学で非常勤講師として授業を担当することもあるという鶴元さん。地元で接する若者たちに比べて、チェルシーハウスの寮生は人間関係を構築する能力と発信力が非常に高いと感じるそうだ。
「地元の町から出ていない大学生はすごくおとなしい気がします。それは(町や人から得られる)刺激の数かもしれません。チェルシーハウスでの生活を通して身に付いたのではと思いますね。」
これからの時代の豊かさは、どれだけの人間関係資本をもっているか
インタビューも終盤に差し掛かり、親として改めてチェルシーハウスにどんな魅力を感じるかを尋ねてみた。
「僕が生きてきた時代は個人で頑張ればなんとかなる時代だった。僕たちの時代の豊かさというのは数字で測れるものだったと思います。
しかしこれからの時代の豊かさというのは、信頼できる友人や知人など、どれだけの人間関係資本をもっているかではないでしょうか。
限られた時間を有効に使うためには、20代でしか学べないことはあると思います。単一の大学に限定された人間関係だけでなく、幅広い人間関係を築いたり、人脈を築くといった機会がチェルシーハウスにはあると思います。
もちろんそのような機会を生かすか生かさないかはその人自身ですが。」
チェルシーハウスと出会うタイミングはもちろん人それぞれだ。今回取り上げた鶴元くんのように、自分の人生の各ステージに応じたコミュニティの使い方をしていく寮生もいる一方で、そうでない寮生も当然いるだろう。
しかしもしあなたがこれからの社会をどう生きていくかについて思いを巡らせていたり、日々の生活に何か変化を求めているならば、チェルシーハウスの門戸を叩いた先にきっと新たな人との出会いがあるだろう。
(取材・構成 川原麻亜耶)